「お客様から何時間も電話で責め続けられ、担当者が出社できなくなった」──接客業に限らず、取引先対応の場面でも、カスタマーハラスメント(カスハラ)のご相談が名古屋の企業から増えています。2026年10月1日に改正労働施策総合推進法が施行され、カスハラ対策は企業規模を問わずすべての事業主の法的義務となりました。この記事では、名古屋で企業の労務問題を扱う弁護士が、法律が求める体制整備、正当なクレームとの線引き、悪質な行為への刑事・民事の対応、愛知県条例の内容を企業の実務に即して解説します。
2026年10月1日からカスハラ対策は全事業主の義務
2025年6月4日に成立し同月11日に公布された改正法(令和7年法律第63号)により、労働施策総合推進法に第33条(職場における顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)が新設され、2026年10月1日に施行されました。本記事の公開時点で義務化から1か月近くが経っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施行日 | 2026年(令和8年)10月1日(施行済み) |
| 対象 | 労働者を雇用するすべての事業主(企業規模・業種による猶予なし) |
| 義務 | 相談体制の整備、悪質な言動を抑止するための措置、その他雇用管理上必要な措置(第33条1項) |
| 禁止 | 相談等を理由とする解雇その他の不利益取扱い(第33条2項) |
| 違反時 | 助言・指導・勧告、勧告に従わないと企業名公表(第42条)。報告拒否・虚偽報告は20万円以下の過料(第45条・第51条) |
具体的な措置の内容は「カスハラ防止指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)が定めています。措置義務違反に刑罰はありませんが、使用者は労働契約法第5条により労働者の安全に配慮する義務を負っており、カスハラを放置して従業員が心身を害すれば民事上の損害賠償責任を問われるおそれがあります。労務・人事の法務の一環として、就業規則やマニュアルの整備を早急に進めてください。
カスハラ対策は2026年10月1日から「努力目標」ではなく「法的義務」です。中小企業にも猶予はなく、「方針の明確化」「相談窓口」「事後対応」「悪質行為の抑止」の4本柱を指針に沿って整えておく必要があります。
カスハラの定義と正当なクレームとの線引き
法と指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを、①職場で行われる顧客等の言動であって、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、と3要素で定義しています。「顧客等」には取引先の担当者や施設利用者の家族、近隣住民も含まれ、電話やSNS上の言動も対象です。
判断の軸は「要求の内容」と「手段・態様」
指針は、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた苦情は「正当な申入れ」であり、カスハラには当たらないと明記しています。線引きは、言動の内容が契約内容からして相当性を欠くか、手段や態様が相当でないかの2つの視点で行い、一方だけが範囲を超える場合でも該当し得ます。
| 視点 | 社会通念上許容される範囲を超える典型例(指針より) |
|---|---|
| 要求の内容 | 理由のない要求や商品・サービスと無関係な要求(性的な要求等)、契約内容を著しく超えるサービスの要求、契約金額の著しい減額など対応が著しく困難な要求、無関係な損害賠償要求 |
| 手段・態様 | 身体的な攻撃(殴る・物を投げる)、精神的な攻撃(脅迫・中傷・侮辱・暴言・土下座の強要・SNSへの悪評投稿をほのめかす脅し・無断撮影)、威圧的な言動(大声)、継続的・執拗な言動(同じ質問の繰り返し)、拘束的な言動(長時間の居座り・電話での拘束) |
③の「就業環境が害される」は「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断し、1回の言動でも該当し得ます。不良品の交換という正当な要求でも怒鳴り続ける・3時間居座るといった場合は、要求には応じつつ態様には毅然と対応する切り分けが必要です。なお、障害のある方が合理的配慮を求めること自体はカスハラに当たりません。
企業に求められる体制整備──指針が定める5つの措置
指針は、事業主が「講じなければならない」措置として次の5つを定めています。パワハラ防止の体制がある企業は、カスハラ固有の「対処の内容」と「抑止の措置」を加える形で整備できます。
| 措置 | 求められる内容 | 整備の例 |
|---|---|---|
| ①方針の明確化と周知 | 毅然と対応し労働者を保護する方針と、対処の内容を管理監督者を含む労働者に周知する | トップメッセージ、就業規則・マニュアルへの記載、全従業員研修、顧客向け掲示 |
| ②相談体制 | 相談窓口を定めて周知し、該当するか微妙な事案も広く受け付ける | 担当者の指定、既存窓口との一体運用、外部委託 |
| ③事後の迅速な対応 | 事実関係の確認、被害者への配慮、再発防止 | 録音・録画の確認、担当者交代・複数対応、産業保健スタッフによる相談 |
| ④悪質行為の抑止 | 特に悪質なものへの対処方針を定めて周知し、実行できる体制を整える | 警察通報、警告文、販売・サービス提供の拒否、出入り禁止、仮処分の申立て |
| ⑤併せて講ずる措置 | 相談者のプライバシー保護と不利益取扱い禁止の周知 | 就業規則への規定追加、窓口担当者の研修 |
指針が例示する現場での「対処の内容」
- 管理監督者等に直ちに報告し、可能な限り一人で対応させない
- やり取りを録音・録画する(個人情報保護法を遵守)
- 十分に説明してもなお要求が続く場合は、一定の時間の経過をもって退店を求め、または電話を切る
- 犯罪に該当し得る言動は警察へ通報し、法的手続が必要な場合は弁護士へ相談する
なお、改正法は事業主・役員・労働者にも他社の労働者への言動に注意を払う責務を定めており(第34条)、自社の従業員が取引先に対する「加害者」となれば、相手方から事実確認への協力を求められます(第33条3項)。方針には「自社の従業員もカスハラを行わない」旨を併せて示すことが望まれます。
体制整備の核心は、「どこからがカスハラか」「その場で誰が何をするか」「どの段階で警察・弁護士に切り替えるか」を文書で決め、全従業員が知っている状態をつくることです。
現場の対応手順・記録・従業員のケア
マニュアルを作る際に当事務所が企業にお伝えしている基本的な流れは次のとおりです。
- まず正当な申入れとして聴く:自社に落ち度があれば謝罪と是正を行います。初期対応の誠実さが最大の予防策です。
- 要求と態様を切り分ける:要求が妥当か、手段・態様が相当かを、対応者が一人で抱えずに上席と確認します。
- 対応の限界を伝える:「これ以上は対応できません」と結論を明確に伝え、同じ説明を繰り返さないようにします。
- 時間と場所を区切る:面談は時間を区切って退去を求め、電話は一定時間で終了を告げて切ります。
- 記録を残す:日時、相手の氏名・連絡先、発言内容、対応者、要した時間、録音・録画の有無を当日中に記録します。
警察への相談や損害賠償・仮処分では、「いつ、誰が、何を、どれだけの時間」を客観的に示せるかで結果が大きく変わります。電話の自動録音や防犯カメラ映像は有力な証拠です。
従業員のケアも法的義務の一部です。労働契約法第5条は使用者に労働者の安全への配慮を義務付けており、相談があれば担当者の交代や複数対応、産業医等による相談対応を講じ、経過を記録してください。「お客様だから我慢して」と対応を続けさせ、従業員が精神疾患を発症したようなケースでは、債務不履行(民法第415条)や不法行為(同第709条)に基づく損害賠償責任を問われるおそれがあります。
悪質行為への法的対応──刑事・民事・警察相談
社内の対応で収まらない悪質な行為には、刑事・民事の両面から法的措置を検討します。
該当し得る主な犯罪
| 行為の例 | 該当し得る罪(刑法) | 法定刑 |
|---|---|---|
| 怒鳴り続けて営業を妨げる、虚偽の悪評を流す | 威力業務妨害罪(第234条)・偽計業務妨害罪(第233条) | 3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| 「ネットに晒す」と告げて要求を通す、土下座をさせる | 脅迫罪(第222条)・強要罪(第223条) | 脅迫は2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、強要は3年以下の拘禁刑 |
| 退去を求めても居座る | 不退去罪(第130条) | 3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金 |
| 従業員を殴る、胸ぐらをつかむ | 暴行罪(第208条)・傷害罪(第204条) | 暴行は2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金等、傷害は15年以下の拘禁刑等 |
| 従業員の実名を挙げて名誉を傷つける投稿 | 名誉毀損罪(第230条)・侮辱罪(第231条) | 名誉毀損は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、侮辱は1年以下の拘禁刑等 |
| 備品を壊す | 器物損壊罪(第261条) | 3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金等 |
名誉毀損罪・侮辱罪・器物損壊罪は親告罪のため、犯人を知った日から6か月の告訴期間(刑事訴訟法第235条)に注意が必要です。
民事上の対応──損害賠償・仮処分・警告文
- 損害賠償請求:業務妨害による逸失利益、従業員の治療費や休業損害などを不法行為(民法第709条)に基づき請求できます。回収可能性を見極め、内容証明郵便による警告と組み合わせるのが実務的です。
- 仮処分:執拗な電話・来訪が続く場合、裁判所に面談の強要や電話・来訪の禁止を命じる仮処分(民事保全法第23条2項の「仮の地位を定める仮処分」)を申し立てる方法があります。
- 警告文・出入り禁止・取引拒否:弁護士名で「今後同様の行為があれば刑事告訴・損害賠償請求を行う」と通知し、立入禁止やサービス提供の停止を伝えます。
警察への相談
緊急時は110番ですが、継続的な嫌がらせなど緊急性のない相談は、愛知県警察の警察相談専用電話「#9110」(平日9時〜17時)や各警察署の住民コーナーで受け付けています。「要求が不当だ」というだけでは警察は動きにくいため、犯罪に該当し得る具体的な行為と録音・録画・対応記録を揃えて相談することが重要です。刑事事件化した後の流れは「不起訴処分とは」もご参照ください。
法的措置は「最後の手段」ではなく、体制整備の一部として最初から方針に組み込むものです。どの行為があれば警告文を出し、どの段階で警察・弁護士に切り替えるかを決めておくと、現場が迷わず動けます。
愛知県・東京都のカスハラ防止条例
法が「事業主の雇用管理」を規律するのに対し、自治体の条例は「何人もカスハラを行ってはならない」と顧客側を含む社会全体の規範を示す点に特徴があります。
| 項目 | 愛知県カスタマーハラスメント防止条例 | 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例 |
|---|---|---|
| 公布・施行 | 2025年7月11日公布(条例第34号)、2025年10月1日施行 | 2024年10月11日公布、2025年4月1日施行 |
| 禁止規定 | 「何人も、カスタマーハラスメントを行ってはならない」(第4条) | 「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」(第4条) |
| 事業者の責務 | 体制整備、行為者への中止の求めなど(努力義務・第6条) | 就業者の安全確保、手引の作成など(努力義務・第9条・第14条) |
| 罰則 | なし | なし |
愛知県条例は、個人事業主やボランティア、公務員を含む「全ての就業者」を保護対象とし、顧客等の正当な権利への配慮を基本理念に掲げています。罰則はありませんが、名古屋の企業が店頭掲示や警告文で「愛知県条例および労働施策総合推進法に基づき毅然と対応する」と明示することは、顧客への周知・啓発として有効です。
名古屋の企業が今すぐ取り組む実務チェックリスト
- 基本方針の文書化:「正当なご意見には誠実に対応する」「カスハラには毅然と対応し従業員を守る」の両方を明記し、社内と顧客向けに公表する。
- 就業規則・規程の改定:相談窓口、不利益取扱いの禁止、プライバシー保護を盛り込む(常時10人以上の事業場は労働基準監督署へ届出)。
- 対応マニュアルの作成:起きやすい事例、判断基準、初動手順、エスカレーション基準(上席→本部→警察・弁護士)、記録様式を定める。厚生労働省の企業マニュアル(2026年9月改訂版)が参考になります。
- 相談窓口の設置と全従業員研修:パート・アルバイト・中途入社者も漏れなく定期的に実施する。
- 証拠確保と法的措置の基準:電話録音や記録様式を整え、警告文の発出や警察相談に切り替える基準を決めて弁護士と連携する。
当事務所の名古屋オフィスでは、就業規則・マニュアルの整備から、警告文の作成、警察相談への同行、仮処分・損害賠償請求、刑事告訴まで一貫して対応しています。鈴木弁護士は名古屋市役所で市民と直接向き合う窓口業務に携わった経験があり、現場の実情を踏まえたマニュアルづくりをお手伝いします。継続的なご相談には顧問弁護士のサービスが便利です。法の運用については、名古屋市中区三の丸の愛知労働局が窓口となります。
よくある質問(FAQ)
カスハラ対策の義務化はいつからですか?中小企業も対象ですか?
カスハラ対策をしていない会社に罰則はありますか?
正当なクレームとカスハラはどのように区別すればよいですか?
悪質なクレーマーに対して出入り禁止や取引の拒否はできますか?
従業員が顧客からの暴言で休職しました。会社の責任は問われますか?
警察はカスハラの相談に対応してくれますか?
まとめ
- 改正労働施策総合推進法第33条により、2026年10月1日からカスハラ対策はすべての事業主の法的義務になりました。中小企業への猶予はありません。
- カスハラは3要素で判断し、正当な申入れとは「要求の内容」と「手段・態様」の2つの視点で線引きします。
- 指針が求める措置は、方針の明確化と周知、相談体制、事後の迅速な対応、悪質行為の抑止、プライバシー保護と不利益取扱い禁止の5つです。
- 現場では「一人で対応させない」「時間と場所を区切る」「記録を残す」を徹底し、従業員のケアを怠ると安全配慮義務違反のリスクがあります。
- 悪質な行為には、威力業務妨害罪・脅迫罪・不退去罪などの刑事責任と、損害賠償請求・仮処分・警告文などの民事上の対応を組み合わせます。
カスハラ対策は、従業員を守ると同時に、善良なお客様との健全な関係を守るための経営課題です。労務・人事に関するご相談はお問い合わせフォームまたは名古屋オフィス(050-8886-6507・平日10:30〜17:00)までお気軽にご連絡ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的なご事情については弁護士にご相談ください。